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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10855号 判決

原告(反訴被告)

樽井静子

ほか二名

被告(反訴原告)

花村運送株式会社

主文

1  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)樽井静子に対し金一四万三四二五円、同樽井孝子および同樽井靖夫に対しそれぞれ金三万三四二四円ならびにこれらに対する昭和四四年一月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の、各支払いをせよ。

2  原告(反訴被告)らは、被告(反訴原告)に対し、それぞれ、金三万三〇〇〇円の支払いをせよ。

3  原告(反訴被告)らのその余の請求および被告(反訴原告)のその余の請求を、いずれも棄却する。

4  訴訟費用は本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その九を原告らの、その一を被告らの、各負担とする。

5  この判決は、原告(反訴被告)樽井静子勝訴の部分に限り、同人が金一万円の担保をたてることを条件に、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  (原告ら、反訴被告ら、以下単に原告という。)

(一)  本訴について

1 被告は、原告樽井静子に対し金三九七万六五五〇円およびうち金三七二万六五五〇円に対する昭和四四年一月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の、原告樽井孝子、同樽井靖夫に対し、それぞれ、金三九六万三六九九円およびうち金三七一万三六九九円に対する昭和四四年一月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の、各支払いをせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

(二)  反訴について

1 反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

との判決を求める。

二  (被告、反訴原告、以下単に被告という。)

(一)  本訴について

1 本訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

(二)  反訴について

1 反訴被告らは、反訴原告に対し各金四万〇五九〇円の支払いをせよ。

2 反訴被告らは連帯して反訴原告に対し金四〇万円の支払いをせよ。

3 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二本訴事件についての双方の主張

一  (請求の原因)

(一)  (事故の発生)

訴外樽井末蔵は次のような交通事故によつて死亡した。

1 日時 昭和四四年一月一四日午後五時三〇分頃

2 場所 栃木県下都賀郡野木町大字友沼六三一〇番地先国道

3 被告車 事業用普通貨物自動車(足立一き二六九九号)

運転手 訴外須藤正一

4 原告車 自家用普通乗用車(練馬五み九九一九号)

運転者 訴外末蔵

5 態様 被告車が対向してくる原告車とセンターライン付近で接触した。

6 訴外末蔵は昭和四四年一月一四日午後六時二〇分脳内出血により死亡した。

(二)  (責任原因)

被告は被告車を所有し、これを自己の業務のために使用して自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により原告が蒙つた損害を賠償しなければならない。

(三)  (損害)

1 葬儀費

原告らは、訴外末蔵の事故死に伴い、葬儀の費用として金三六万七五七八円の出捐を余儀なくされた。

2 被害者に生じた損害

(1) 訴外末蔵が死亡によつて喪失した得べかりし利益は次のとおり金九一九万一〇九七円と算定される。

(死亡時) 五九歳

(推定余命) 一六・四六年(平均余命表による)

(稼働可能年数) 八年

(収益) 年間一七五万五〇〇〇円

(控除すべき生活費) 年間三六万円

(毎年の純利益) 金一三九万五〇〇〇円

(年五分の中間利息控除) ホフマン単式(年別)計算による。

(2) 原告らは右訴外人の相続人の全部である。よつて、原告はその生存配偶者として、原告孝子および同靖夫は、いずれも子として、それぞれ相続分に応じ右訴外人の賠償請求権を相続した。その額は、それぞれ金三〇六万三六九九円である。

3 原告らの慰藉料

訴外末蔵の不慮の死によるその精神的損害を慰藉するためには、原告静子に対し金一五〇万円、原告孝子および同靖夫に対し各金一二五万円が相当である。

4 損害の填補

原告らは自賠責保険から損害の内金として既に金二四〇万四七二七円の支払いを受け、これを前記1の損害および3の損害のうち原告静子について金八三万七一四九円、その余の原告らについて各金六〇万円宛充当した。

5 弁護士費用

以上により、原告静子は金三七二万六五五〇円、原告孝子および同靖夫は各金三七一万三六九九円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立を委任し、東京弁護士会所定の報酬範囲内で、原告らは各金一〇万円を手数料として支払うことを約し、そのうち各金五万円を支払つたほか、成功報酬として各一五万円を第一審判決言渡日に支払うことを約した。

(四)  (結論)

よつて、被告に対し、原告静子は金三九七万六五五〇円およびそのうち金三七二万六五五〇円に対する事故発生の日で訴外末蔵死亡の日である昭和四四年一月一四日以降支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の原告孝子および同靖夫は金三九六万三六九九円およびそのうち金三七一万三六九九円に対する昭和四四年一月一四日以後支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払いを求める。

二  (被告の事実主張)

(一)  (請求原因事実に対する認否)

請求原因(一)1ないし5の事実および訴外末蔵が死亡したことは認めるが、末蔵の死亡の日時、場所、死因は不知。

同(二)の事実は認める。

同(三)の事実は不知。但し、相続関係事実は認める。

(二)  (免責の抗弁)

本件事故は、訴外末蔵の無謀運転によるもので、訴外須藤正一には過失がなく、被告も当時被告車の運行に関して注意を怠つていなかつたし、被告車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告は賠償の責任はない。すなわち、

1 本件道路は、歩車道の区別のない幅員一一米のアスフアルト舗装の道路であり、中央には白色ペンキでセンターラインが設けられている。同所付近は、直線で見通しがよく、最高制限速度が毎秒五〇粁、追越禁止の規制がなされている場所である。

2 事故当時の交通状況は、上り線(東京方面行)は車両が輻輳していたが、下り線(宇都宮方面行)には被告車の前に先行する車両がない状況にあつた。

3 訴外須藤正一は、被告車(ジユピター三屯積で車幅二・〇三米、長さ七・五〇米)を運転し、東京から郡山に向つていたおり、本件現場付近では、センターラインより七〇センチ米の地点を、時速約五〇粁の速度で進行していた。ところが突然原告車がセンターラインを超え、時速六〇粁の速度で、自己の進路上に出てきたため、右須藤は、とつさにハンドルを左に切り、ブレーキをかけたが間に合わず、原告車が被告車の右端前部から右側に衝突した。

4 訴外亡末蔵は、速度制限を違反し、しかも追越禁止規制に違反して、センターラインを超えて先行車を追い越そうとした過失を犯し、これが専ら本件事故の原因となつたものである。

三  (抗弁に対する認否、原告らの反論)

抗弁1の事実は認める。但し、当時センターラインは薄れており、殆んど見えない状況にあつた。

同2の事実中、上り線が輻輳していたことは否認し、その余の事実は認める。

同3、4の事実は否認する。

本件事故は、センターラインよりの左側部分を走行していた原告車の進路上に、訴外須藤が漫然とセンターラインを越えて被告車を進出させたため生じたもので、訴外須藤の一方的過失によるものである。

第三反訴事件についての双方の主張

一  (反訴請求の原因)

(一)  (事故の発生)

前記第二、一、(一)のような事故により、被告車は損壊された。

(二)  (責任原因)

本件事故は、前記第二、(二)において主張したとおり、専ら訴外樽井末蔵の過失に基づくものである。したがつて、訴外末蔵の遺産相続人である原告らは、その相続分三分の一宛被告が蒙つた損害を賠償しなければならない。

また、原告らは、本件事故が専ら訴外末蔵の過失によるもので、被告には責任がないことを知りながら、或いはそれを知らなかつたとしても簡単な調査によつてこれを知り得た立場にも拘らず、本訴において被告に対し莫大な請求をなした。この原告らの本訴提起は、著しく反社会的、反倫理的なもので、正に訴権の乱用にあたるから、原告らは本訴提起行為により被告に生じた損害を賠償しなければならない。

(三)  (損害)

1 自動車修理代

本件事故により、被告車はフロントバンバー、右パネル、右ドア、床板、リヤーアクスルその他が損傷され、その修理のため金一二万一七七〇円の支出を余儀なくされた。

2 弁護士費用

被告は本訴提起に対し、自ら訴訟行為をする能力がないため、本件被告訴訟代理人に訴訟代理を委任し、手数料として金二〇万円を支払つたほか、勝訴の場合報酬として金二〇万円を支払う約束をした。

(四)  (結論)

よつて、原告らは被告に対し、それぞれ修理代の三分の一にあたる金四万〇五九〇円を支払わねばならないほか、原告らは連帯して被告に対し弁護士費用金四〇万円を支払わねばならない。

二  (反訴請求原因に対する原告らの認否)

反訴請求原因(一)の事実は認める。

同(二)の事実中、相続の点は認めるが、その余の事実は否認する。

同(三)の事実は不知。

第四証拠関係〔略〕

理由

第一事故態様、青任の帰属について

一  (事故の発生)

昭和四四年一月一四日午後五時三〇分頃、栃木県下都賀郡野木町大字友沼六三一〇番地先の国道上で、訴外須藤正一運転の被告車と訴外樽井末蔵運転の原告車が接触し、その後右末蔵が死亡したことおよび被告車がその際損壊されたことは当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕によれば、亡末蔵は本件事故により、頭蓋内出血の傷害を受け、そのため昭和四四年一月一四日午後六時二〇分頃栃木県小山市大字間々田所在の下都賀病院間々田分院で死亡したことが認められる。

二  (事故の態様)

本件事故について、原・被告はお互いに、相手車両のセンターラインオーバーを主張している。そこで、まずこの点について検討する。

(一)  本件道路が、幅員一一米の、歩車道の区別のない、アスフアルト舗装の道路であり、本件現場付近は直線で見通し良く、中央には白ペンキでセンターラインが設けられ、追越禁止規制がなされていたこと、被告車の進路上には先行車のない状況であつたことは当事者間に争いがない。

(二)  〔証拠略〕によれば、被告車は幅二・〇米、長さ六・五米、三・五屯積の貨物自動車であり、原告車は幅一・五米、長さ四・一米の普通乗用車であつたこと、事故後の両車の停止状況は別紙現場見取図のとおりであること、本件衝突事故により原告車は右前部(前照灯部)を大破しており(その他の右側部には接触痕はない。)被告車は右前部バンバー端および右ドア付近に接触痕があるほか、右後輪が外側に向いてしまつていたこと、同所附近には別紙見取図の〈イ〉および〈ロ〉で示すとおり、二条のスリツプ痕が残されていたことが認められ、これに反する証拠はない。

この両車の損壊状況からすると、原告車はまず被告車の右側部の前部(前部バンバー右端、右ドア付近)に、その右前部が接触し、さらに被告車の右後輪にその前部が衝突したものと推認される。

(三)  以上認定のような両車の車種の相違、したがつてそれにより推認されるところの両車の重量差、両車の停止状況、推認される衝突状況に、〔証拠略〕を総合すると、両車の衝突地点は、被告車から見て道路の左側部分であつたと認められる。

この点、原告らは被告車の方がセンターラインを越えたため衝突した旨主張しており、たしかに前認定のとおり、衝突後の停止状況は、被告車の前部が〇・六米センターラインを超えていたことが認められるが、両車の衝突態様に照らすと、被告車のそのような停止状況は、両車の衝突の衝撃およびその後の被告車移動の結果であると推認され、そのような状況が衝突時もそうであつたとは認め難く、右状況のみでは被告車がセンターラインを超えていたものとは認められず、この他に被告車側がセンターラインを超えたと認めることのできる証拠はない。

(もちろん、センターラインを超えたと主張される車両側の運転手が死亡したため、その主張に反駁を加えるべき立場の者がおらず、しかも他に客観的目撃者がいない場合にあつては、自己の方はセンターラインを超えてない旨主張する車両側が、他に証拠がないことを奇貨とし、事実を歪典し、虚偽の事実を述べることがあることは、良く経験するところであるから、生き残つている方だけの供述に頼ることの相当でないことは云うまでもないから、この場合には事故後の状況等客観的証拠を重視して判断すべきであるが、前記のような本件の客観的な証拠関係によつても、本件の衝突地点は被告車側の進路上であつたと推認される。)

(四)  原告車が、当時、何故センターラインを超えて走行していたのかを認めることのできる証拠はない。

被告は、当時原告車が追い越し禁止規制に違反して先行車を追い越し中であつた旨を主張しているが、原告車が当時追い越し中であつたことを認めることのできる証拠はない。たしかに、衝突地点が追越禁止規制の区域であつたことは前記のとおりであるが、〔証拠略〕によれば、本件衝突地点付近は追越禁止区域の境であつて、本件衝突地点の約一〇米宇都宮よりの地点から先の原告車の進行してきた部分は追越禁止の区域ではないことが認められる。

右に述べたように、原告車が追い越し中であつたことを認めることのできる証拠はないが、〔証拠略〕によれば、本件事故発生当時、原告車の進路側、即ち東京(古河)方面に向う上り線側は、比較的混雑していたことが認められるから、原告車が追い越し中であつた余地はないわけでない。とくに、本件道路の程度の幅員の道路にあつては、他の車両を追い越そうとする時には、道路の中央から右側部分にその全部又は一部をはみ出して走行することも許されているから(道路交通法一七条四項。もちろん、対向車の交通を妨げない場合に限る。)原告車が追い越し完了前に追い越していたとすれば、訴外亡末蔵の先行車ないし対向被告車に対する距離、速度の判断の誤りによつたものであろう。しかし、後記認定するように、被告車に速度違反の事実があつたことは、これに大きな影響を与えていることになろう。自己の進路上に戻りきらないうちに、被告車と衝突するにいたつた蓋然性はないではない。

(五)  そして、前記のような両車の損壊状況、衝突態様によると、両車の接触角度は、さ程でなかつたものと推認される。たしかに、原告車の右前部のみが損壊され、右側部の後部には接触痕がないことからすると、両車の衝突がある程度の角度があつたことを窺わせないでもないが、原告車は最初の接触の衝撃により後部が左にぶれた可能性も考えられないではなく(結果的には原告車は衝突後、九〇度前後、後部が左にぶれている。)また原告車の右前照灯部のみが損壊しているから、被告車の後輪に衝突したのも右前照灯部であると判断されるから、極端な角度ではなかつたことは明らかである。

証人須藤正一も原告車が五〇米前後の距離になつたセンターラインを超えたことに気付いた旨述べており、また証人椎葉安司も、原告車は少しずつ徐々に被告車の進路側に寄つてきた旨述べており、右のような衝突態様からして、これら供述は真実を述べたものと認められる。これに反し、〔証拠略〕によれば、事故直後の実況見分時において、右須藤は、原告車が右に約一五度の角度で被告車の進路に向つてきた旨陳述していることが認められるが、この陳述部分は、右供述内容および衝突態様に照らし、信用できない。

そして、右のような衝突態様と、前記したように原告車が追い越し中であつた蓋然性がないではないことからすると、原告車は右須藤らにおいて気付く前からセンターラインを越えて走行していた可能性を考えられる。

(六)  ところで、前記認定の両車の衝突状況、両車の停止状況に、〔証拠略〕によると、両車の衝突地点は、別紙現場見取図の〈×〉点付近(すなわち、センターラインから約一米位の地点)であることが認められる。

これに対比すると、衝突現場付近に残されていたスリツプ痕〈イ〉および〈ロ〉が、被告車のものであるとはにわかには認め難い。すなわち、〈イ〉のスリツプ痕はセンターラインに平行であつて、それより一・四米の地点であり、〈ロ〉のスリツプ痕も〈×〉地点より約〇・六米程道路端側の地点にあり、被告車の右側車輪によるものとは認め難いからである。もちろん後輪による場合には、そのようなスリツプ痕の残される余地がないではないが、〔証拠略〕によれば被告車の後輪は二輪であることが認められるから、そのスリツプ痕がそれに応じた形跡であると認めることのできる証拠はない。

(七)  以上認定の両車の衝突態様、衝突地点と〔証拠略〕を総合すれば被告の従業員であつた右須藤は被告車を運転し、本件衝突地点の少し手前においては、センターラインよりの、それより約〇・七米の地点を時速五〇ないし六〇粁の速度(同車の車種からして、同車の制限速度は毎時五〇粁である。)で、進行し、対向してくる原告車との距離が約五〇米になつた地点において、被告車と同程度の速度で走行してくるのに気付き(原告車がそれ以前からセンターラインを超えて走行していた蓋然性がないではないことは前記のとおりである。)急いで制動の措置をとつたが間に合わず、原告車と被告車とが接触するに至たことが認められる、これに関し、〔証拠略〕中には、須藤は、原告車との衝突を避けるためハンドルを左に切つたが、左側には二人の歩行者がいるため左に寄ることができず、右にハンドルを切りかえした旨の部分があるが、このような事実は、通例事故発生直後の取り調べの際に明らかにされるのが通例であるのに、〔証拠略〕に照らすと、同人は事故直後にはそのような主張をしていなかつたことが窺われ、また、両車の距離および相互の速度からすると、被告車において発見してから衝突までわずか二秒以内であると判断され、そのようなハンドル操作をする時間的余裕があつたとは考えられず、これらと、自らの運転についての責を問われている自動車運転手は、時間の経過と共に、記憶の喪失や種々の思惑から、真実と異なることを述べるに至ることがあるという経験則からすると、右供述部分は信用できず、また〔証拠略〕中の須藤は左によけたが、人がいたため、余り寄れずに、制動をかけたところへ、原告車が衝突してきた旨の部分も、同人が須藤の同僚で被告車の同乗者で、被告の従業員であることに照らし、信用できない。そうすると、被告車が左に転把できない理由については認めることのできる証拠はない。

右のような衝突前の被告車の走行状態と衝突地点とからすると、被告車は、センターラインを越えて走行してくる原告車を発見してからも、衝突時まで、ほぼ直進していたものと認められる。

三  (責任の帰属)

以上叙述した如く、本件事故は訴外末蔵運転の原告車が、センターラインを超えて走行したことによつて惹起されたことが明らかである。原告車が衝突直前においてセンターラインを超えたのか、もつと前からセンターラインを超えて走行していたものか否かについては、断定はできず、また訴外末蔵がいかなる事由によりセンターラインを超えて走行したのかは明らかではないが、原告車がセンターラインを超えて走行していた以上、訴外末蔵は、自動車運転手として遵守すべき通行区分に反して自動車を運転してはならない注意義務を怠つたまま、漫然運転を継続した過失を犯したものといわねばならず、同人は、本件事故により被告が蒙つた損害を賠償しなければならない立場にあつた。そして、原告静子が同人の配偶者で、原告靖夫、同孝子が同人の嫡出子であつて、いずれも同人の法定相続人であることは当事者間に争いがないから、原告らは右末蔵の債務を承継したものといわねばならない。

しかしながら、前記したような事故態様によれば、被告車は、ほんにわずかに左に転把すれば、原告車との衝突が回避でき、かつ、左に転把し得ない理由がないのに、漫然直進しているのであつて、被告車の運転手たる訴外須藤正一に衝突回避義務の点において過失がなかつたものとはいえず、そればかりか、本来被告車は、道路の左側に寄つて走行しなければならないのに(道路交通法一八条一項)、須藤は、これに違反して走行しており、(しかも制限速度を超えて走行していた。)、もし、被告車においてこれを忠実に守つていれば、本件衝突の回避された可能性が大きいこと(即ち、両車の衝突地点はセンターラインより約一米の地点であつて、原告車の三分の二程度がはみ出ているだけであつたのに、被告車の左側から道路端までには約二・五米の余裕があつた。)に鑑みると、須藤のそのような被告車の運転態様が、本件事故発生に寄与していることを否定することはできない。

このように、被告車の運転者たる須藤に過失がなかつたとはいえない以上、運行供用者であることを認める被告は、その余の主張について判断するまでもなく、免責される余地なく、本件事故により原告らが蒙つた損害を自賠法三条により賠償しなければならないことが明らかである。

しかし、亡末蔵に前記の如き過失が認められるから、原告らの賠償額算定にあたつてはこれを斟酌すべく、訴外須藤の過失行為の事故発生に対する寄与度とを対比すると、略八割程度の減額をするのが相当である。

一方、訴外須藤にも前記の如く過失が認められ、また前記認定の如く訴外須藤は被告の従業員で、被告車の運転手であつたから、被告の損害額算定にあたつてもこれを斟酌すべく、略二割程度の減額をする。

第二本訴―原告らの損害―について

一  原告らに生じた損害

(一)  葬儀費等

〔証拠略〕によれば、原告らは、亡末蔵の死亡に伴ない、通夜、告別式等の費用として金三六万〇四七八円を支出したこと、同人の死亡時までの治療費および死亡診断料等のため金七一〇〇円を支出したことが認められる。これらが、原告らにおいて現実に支出を余儀なくされている金額であることおよび亡末蔵の前記の如き過失を斟酌すれば、賠償額としては金九万円が相当である。そうすると、原告らの、この点の損害は、各自金三万円となる。

(二)  慰藉料

後記認定の如き、亡末蔵の社会的地位、家族関係に、前記認定の如き本件事故の態様等諸般の事情に鑑みると、原告らの本件事故により蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき額は、原告静子に対し金四〇万円、原告靖夫および同孝子に対し、それぞれ金三〇万円が相当である。

二  被害者亡末蔵に生じた損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕を併せれば、亡末蔵は、死亡時満六〇才の健康な男子であつて、当時訴外大高電設株式会社の技術担当の取締役であつて、同社から、年間金一七七万五〇〇〇円の収入を得ていたこと、同社には停年制がないため、同人は、当分同社において稼働する意向であつたこと、同人は原告らと同居し、原告静子および同孝子は同人の収入により生計を営んでいたが、原告靖夫は既に妻帯し、生計を異にしていたことが認められる。

そして六〇才の男子の平均余命が一五・二年であることは公知の事実(厚生省第一二回生命表)であるから、これと前記事実によると、亡末蔵は本件事故死なくば一五年程度生存し、その間七年間半は前記収入を得て稼働し、その収入の三分の一を自己の生活費、税金、社会保険料のために支出していたであろうことが推認される。そうすると、亡末蔵の逸失利益の死亡時の現価をライプニツツ式により中間利息を控除して算出すると、次のとおり、金七二五万七二六五円となるが、前記同人の過失を斟酌すると損害額としては金一五〇万円が相当である。

1,775,000×2/3×(5.7863+0.7106×0.9756×1/2)=7,257,265

(注:5.7863は7年の複利年金現価指数、0.7106は7年の複利現価指数、0.9756は6月の複利現価指数)

(二)  相続

前記の如く、相続の事実については当事者間に争いがない。これによると、原告らは、亡末蔵の右賠償請求権を相続している。その額は各自、金五〇万円である。

三  損害の填補

原告らが、本件損害に関し、既に自賠責保険から金二四〇万四七二七円を受給していることは、同人らの自陳するところである。そして、特段の事情の認められない本件では、右保険金の三分の一宛が、各原告らの損害に充当されることとなる。そうすると、原告らの支払いを求め得る残損害は、原告静子において金一二万八四二五円、原告靖夫および同孝子において金二万八四二四円である。

四  (弁護士費用)

以上のとおり、原告静子は金一二万八四二五円、原告靖夫および同孝子は各金二万八四二四円の損害金の支払を、被告に求めうるところ、〔証拠略〕によれば、被告はその任意の支払をなさなかつたので、原告らはやむなく弁護士である原告ら訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で原告らは各金五万円を手数料として支払つたほか、第一審判決言渡後それぞれ手数料として金五万円、成功報酬として金一五万円を支払う旨約定していること認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告らが被告に負担を求めうる弁護士費用相当分は、そのうち原告静子分が金一万五〇〇〇円、原告靖夫および同孝子分が各五〇〇〇円であつて、これを超えるものは被告に負担を求めることはできない。

第三反訴―被告の損害―について

一  修理代

〔証拠略〕によれば、本件事故により被告車はフロントバンバー、右ドア、ボデー、リヤアクスル等が損壊され、その修理のため金一二万一七七〇円の支出を余儀なくされたことが認められるが、前記被告車の運転手須藤の過失を斟酌すると、賠償額としては金九万九〇〇〇円が相当である。

二  弁護士費用

被告は、本訴が理由なくして訴提起のなされた、いわゆる乱訴にあたる旨主張しているが、原告らの本訴請求が正当であることは前記のとおりであるから、被告の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  相続

前記のとおり、原告らの相続の事実は当事者間に争いがないから、原告らは各三万三〇〇〇円ずつの賠償義務を負うこととなる。

第四結論

よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、原告樽井静子が金一四万三四二五円、同樽井靖夫、同樽井孝子が各金三万三四二四円ならびにこれらに対する事故の発生日である昭和四四年一月一四日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の本訴請求は失当として棄却することとし、また被告の原告らに対する反訴請求は、原告らに対し、それぞれ金三万三〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の反訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、原告樽井静子の本訴請求についての仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用し、原告樽井靖夫、原告樽井孝子ならびに被告の各仮執行の宣言の申立については、その必要がないものと認め、いずれもこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

別紙 現場見取図

〈省略〉

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